大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和63年(行ツ)10号 判決

上告人

株式会社チップトン

右代表者代表取締役

小林久峰

右訴訟代理人弁護士

鈴木正次

横井幸喜

被上告人

東邦鋼機株式会社

右代表者代表取締役

有村正人

右補助参加人

セイコー電子工業株式会社

右代表者代表取締役

原禮之助

右補助参加人

セイコーエプソン株式会社

右代表者代表取締役

中村恒也

右補助参加人

オリエント時計株式会社

右代表者代表取締役

渡辺悦朗

右補助参加人

株式会社精工舎

右代表者代表取締役

横山雄一

右補助参加人

サンリツ企画株式会社

右代表者代表取締役

濱廣一

右補助参加人

高島産業株式会社

右代表者代表取締役

小口平治

右七名訴訟代理人弁護士

羽柴隆

主文

原判決を破棄する。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とし、参加によって生じた訴訟費用は被上告補助参加人らの負担とする。

理由

上告代理人鈴木正次、同横井幸喜の上告理由一について

一原審の確定した事実関係及び本件訴訟の経過の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、第七五九〇〇四号特許(昭和三七年五月一九日特許出願、特許発明の名称「高速旋回式バレル研磨法」、以下、この発明を「本件発明」といい、この特許を「本件特許」という)の権利者である。本件発明は、内面が六角又は八角の正多角柱状のバレルの複数個を、主軸を中心とする旋回軌道上の対称位置に等間隔で、バレル又はバレルケースの両端の縦軸を右主軸に平行に配置してバレルの各点が常に同方向を維持しながら、すなわち空間に対して自転することなく主軸を中心としてバレル内装入物(工作物と研磨材の混合物、以下「マス」という)に有効な遠心力が働くような高速度で旋回するように駆動して、遠心効果をマスに与え、同時にバレル内の空間と接するマスの上層部のみを循環流動させ、この流動層を流動する遊離工作物と研磨材を常時不離の接触状態に保ちつつ工作物の全量を均等不断にタンブリングのない摩擦を行って表面研磨をする高速旋回式バレル研磨法に関するものである。

2(一)  被上告人は、昭和五〇年一〇月七日、本件特許の無効審判を請求したところ、審判官は同五四年四月一六日、本件発明は特許出願前に右発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という)が容易に発明することができたとして、本件特許を無効とする旨の審決(以下「前審決」という)をした。そこで、上告人は、前審決の取消しを求めて訴訟を提起したところ、東京高等裁判所は昭和五八年六月二三日、本件発明は特許出願前に当業者が容易に発明することができたとは認められないとして、前審決を取り消す旨の判決(以下「前判決」という)を言い渡し、前判決は確定した。(二) 審判官は、特許法一八一条二項に従って前記審判事件について更に審理を行い、昭和六〇年二月一五日、本件発明は特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとして、本件審判の請求は成り立たない旨の本件審決をした。

本訴は、本件審決が、本件発明の特許出願前に頒布された特許明細書である第一引用例(米国特許第一四九一六〇一号明細書)、第二引用例(米国特許第二五六一〇三七号明細書)あるいは第三引用例(米国特許第三〇一三三六五号明細書)のいずれからも本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした認定判断を違法であるとして、被上告人からその取消しを求めて提訴したものである。

3  前審決を取り消した前判決の理由のうち、前記の各引用例に関する部分は、(一) 第二引用例記載のものは内面が正四角柱状のバレルによる旋回研磨作業である、(二) 本件明細書によると、内面が正四角柱状のバレルを用いる旋回式バレル研磨は、本件発明の内面が六角又は八角の正多角柱状のバレルを用いる旋回式バレル研磨法とマスの挙動も異なり、研磨後の表面粗さなどの作用効果が格段に劣るから、本件発明の研磨方法と同じとはいえない、(三) 第三引用例記載のものは本件発明のような実質的に旋回式バレル研磨作業といえるものではない、(四) そうすると、本件発明は特許出願前に当業者が第二引用例あるいは第三引用例から容易に発明することができたとして本件特許を無効とした前審決は、各引用例の技術内容の認定を誤り、本件発明と各引用例との異同点を誤った認定に基づくものであって違法である、とするものである。

そして、本件審決は、前判決の右理由に従って、本件発明を特許出願前に当業者が第二引用例あるいは第三引用例から容易に発明することができたとはいえないとし、再度の審判手続において追加された第一引用例記載の発明についても、マスの上層部のみを循環流動させてタンブリングのない摩擦を行って表面研磨をする高速旋回式バレル研磨作業ではないから、これから本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした。

二原審は、前記の確定事実に基づいて、次のとおり認定判断し、本件審決には、本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした点において違法があるとして、これを取り消した。

1  第二引用例記載のもののバレルの形状は正四角柱状であり、本件発明のバレルの形状が正六角柱状又は正八角柱状である点を除いて両者の構成は同一であるところ、第二引用例には「本発明はその特殊な一実施例によって開示してあり、当該技術の当業者は上記実施例を種々改変して本発明を容易に他の形態において実施することができる」と記載されている。

2(一)  第一引用例記載の発明は、遠心力を働かせてバレルを旋回させるものではないが、一種の旋回式バレル研磨であり、その実施例には正六角柱状のケーシング(バレル)が開示されている。(二) 第三引用例は旋回式バレル研磨法に関するものであり、バレルが本件発明のように、空間に対して自転することなく旋回する動き、すなわち、いわば観覧車的な動きをしないものではあるが、第三引用例には「断面円形の円筒状ドラム(バレル)を使用することが好ましいが、各種の多角形断面のドラム(バレル)を選択することができる」と記載されている。(三) 自転式バレル研磨法においては、従来、正六角柱状又は正八角柱状バレルは周知慣用であった。

3  遠心力を付与していわば観覧車方式の旋回運動をさせる高速旋回式バレル研磨法において、バレル内のマスの挙動は、バレルの内面形状のみによって定まるものではなく、被上告人が原審で提出した〈書証番号略〉(株式会社諏訪精工舎藤田明作成「遠心バレル研磨の高速度フィルム実験観察報告書」)及び〈書証番号略〉(長野県精密工業試験場長巣山博美作成の試験成績書)によると、正四角柱状バレルと正六角柱状又は正八角柱状バレルとの比較では、全体のマスの流れには格別の差異は存せず、研磨量や工作物の研磨後の表面粗さに格別顕著な差異は存しないものと認められる。

4  自転式バレル研磨法や、旋回式バレル研磨法でも第一引用例記載の発明のように遠心力を働かせて旋回するものでないものあるいは第三引用例記載のもののようにバレルがいわば観覧車的動きをしないものと、本件発明の高速旋回式バレル研磨法とではバレル内のマスの挙動に差異があるが、バレルの形状を除いて本件発明とその構成も同一で、マスの挙動、研磨量及び研磨後の表面粗さについても格別の差異がない第二引用例記載のものにおいて、第一ないし第三引用例における示唆に基づき、第二引用例記載のものの正四角柱状のバレルの形状に代えて、従来、自転式バレル研磨において周知慣用であった正六角柱状又は正八角柱状バレルを採用することは、格別の発明力を要しないで想到し得る程度にすぎず、本件発明と第二引用例記載のものとの作用効果に差異が認められるとしても、第二引用例記載のもののバレルの形状を第一ないし第三引用例の示唆に基づき正六角柱状又は正八角柱状バレルに置換することで当然に達成し得る範囲を出ない。

したがって、本件発明は特許出願前に当業者が容易に発明することができたものである。

5  再度の審決取消訴訟において、当事者が、再度の審決の認定判断した論点に係るものではあるが、右認定判断において審究・説示されていない事項であって右認定判断を否定する方向の事実を裏付ける証拠を提出した場合には、裁判所が右証拠による事実認定に基づいて再度の審決の認定判断を違法とすることは許されてしかるべきであり、取消判決の拘束力の法理はこれを妨げるものではない。

本件において、第二引用例記載のもののバレル内のマスの挙動及び研磨量、工作物の研磨後の表面粗さが本件発明と対比して実質的に差異がないことは、被上告人が再度の審決取消訴訟である原審に至って提出した前記証拠によって裏付けられるのであり、しかも、この点については、本件審決の認定判断において具体的に審究・説示されていない以上、本件審決の認定判断を誤りとすることは何ら妨げられないというべきである。

三しかしながら、原審の右認定判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは、審判官は特許法一八一条二項の規定に従い当該審判事件について更に審理を行い、審決をすることとなるが、審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから、再度の審理ないし審決には、同法三三条一項の規定により、右取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は取消判決の右認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって、再度の審判手続において、審判官は、取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと、あるいは右主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではなく、審判官が取消判決の拘束力に従ってした審決は、その限りにおいて適法であり、再度の審決取消訴訟においてこれを違法とすることができないのは当然である。

このように、再度の審決取消訴訟においては、審判官が当該取消判決の主文のよって来る理由を含めて拘束力を受けるものである以上、その拘束力に従ってされた再度の審決に対し関係当事者がこれを違法として非難することは、確定した取消判決の判断自体を違法として非難することにほかならず、再度の審決の違法(取消)事由たり得ないのである(取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断の当否それ自体は、再度の審決取消訴訟の審理の対象とならないのであるから、当事者が拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断を誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返し、これを裏付けるための新たな立証をすることは、およそ無意味な訴訟活動というほかはない)。

2  以上に説示するところを特許無効審判事件の審決取消訴訟について具体的に考察すれば、特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとの理由により、審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には、再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果、審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたと認定判断することは許されないのであり、したがって、再度の審決取消訴訟において、取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決の認定判断を誤りである(同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができた)として、これを裏付けるための新たな立証をし、更には裁判所がこれを採用して、取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決を違法とすることが許されないことは明らかである。

3  これを本件についてみるのに、(一) 前判決は、本件発明と第二引用例記載のものとはバレルの構成の相違によってマスの挙動が異なり、右マスの挙動の相違により作用効果も大きく異なるから、両者の研磨方法は同一であるとはいえず、第二引用例記載のもののバレルの構成を本件発明のバレルの構成と置換することが容易でないことはいうまでもないとして、また、第三引用例記載のものは本件発明と研磨法を異にするとして、第二引用例あるいは第三引用例から本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとは認められないとして前審決を取り消したものであり、(二) 前判決確定後にされた本件審決は、前判決の拘束力に従い、本件発明は特許出願前に当業者が第二引用例あるいは第三引用例から容易に発明することができたとはいえないとしたものである。

再度の審判手続において審判官は、前判決が認定判断した同一の引用例(第二引用例あるいは第三引用例)をもって本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたか否かにつき、前判決とは別異の事実を認定して異なる判断を加えることは、取消判決の拘束力により許されないのであるから、本件審決は、右取消判決の拘束力に従ってされた限りにおいて適法であるとされなければならない。

しかるに、原審は、原審において提出された〈書証番号略〉を採用して、右各証拠によると、本件発明と第二引用例記載のものとはバレルの構成の相違によっても全体のマスの流れに格別の差異はなく、作用効果にも顕著な差異はないことが認められるとした上で、第二引用例記載のもののバレルの形状を本件発明のバレルの形状に置換することも、第一ないし第三引用例及び周知慣用手段から当業者に容易であるとした。

前判決の拘束力に従ってされた本件審決の取消訴訟において、前判決が特定の引用例(第二引用例)記載のものは本件発明とはマスの挙動や作用効果が大きく異なり、右引用例から本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした認定判断を否定する主張立証の許されないことは前述のとおりである。しかるに、原判決は、許さるべきでない主張立証を許し、これを採用した結果、本件発明と第二引用例記載のものとはマスの挙動や作用効果に格別の差異はなく、本件発明は特許出願前に当業者が第二引用例から容易に発明することができた旨前判決の拘束力の及ぶ前記認定判断とは異なる認定判断をした点において、取消判決の拘束力に関する法令の解釈適用を誤った違法があることが明らかである。原判決は、右認定判断の過程で、第三引用例並びに前判決において検討されていない第一引用例及び周知慣用手段について検討を加えてはいるものの、これらは(第二引用例記載のものと本件発明とのマスの挙動や作用効果に格別の差異はないとの認定判断の後に、第二引用例記載のもののバレルの形状を本件発明のバレルの形状に置換することの容易性についての認定判断の際に用いられており)、本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたか否かを認定判断する際の独立した無効原因たり得るものとして、あるいは第二引用例を単に補強するだけではなくこれとあいまって初めて無効原因たり得るものとして、検討されているのでなく、原判決は、第二引用例を主体として、本件発明の進歩性の有無について認定判断をしているものにほかならない。したがって、第一引用例及び周知慣用手段がその判断の際に用いられているにしても、原判決に前記の違法があることに変わりはなく、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

四そして、被上告人は、第一ないし第三引用例のいずれからも本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした本件審決の認定判断を違法であるとして、その取消しを求めているが、第二引用例あるいは第三引用例から本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした本件審決の認定判断は、前判決の拘束力に従ったものであって適法であることは前判示のとおりであり、また、第一引用例及び周知慣用手段が、独立の無効原因たり得るものあるいは第二引用例を単に補強するだけではなくこれとあいまって初めて無効原因たり得るものとはいえないことは原判決の判示するとおりであるから、第一引用例から本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした本件審決の認定判断もまた適法である。以上説示したところによれば、被上告人の審判の請求は成り立たないとした本件審決は適法であり、その取消しを求める被上告人の請求は理由がないことが明らかであるから、これを棄却すべきである。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、九六条、九四条、八九条、九三条に従い、裁判官園部逸夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。

私は法廷意見のうち論旨に対する判断には賛成であるが、その前提となる行政事件訴訟法三三条一項の解釈については、法廷意見とは別の解釈をとっているので、以下、私の補足意見を述べることとする。

いわゆる当事者系無効審判の審決について、裁判所に取消しの訴えを提起できることは、特許法一七八条及び一八一条一項の規定に照らし明らかであるが、特許法及び行政事件訴訟法の関係条文は、右取消しの訴えの訴訟形態に適合した運用について明確で整合性のある規定を具備しているとはいえない状態にある。当事者系無効審判の審決に対する訴えについては、当事者、参加人等(特許法一七八条二項)が、事案に応じて当該審判の請求人又は被請求人を被告として提起することができるとされている(同法一七九条ただし書)。したがって当事者系審決取消訴訟は、行政庁(審判官、特許庁長官等)を被告としない取消訴訟という点で、典型的な取消訴訟(行政事件訴訟法三条二項)と異なるのみならず、原被告間の法律関係を確認し又は形成する処分に関する訴訟ではないという点で、いわゆる形式的当事者訴訟(同法四条前段)ともその性格を異にするのである。この点について、当事者系審決取消訴訟は、その実質において、行政庁(審判官ひいては特許庁長官)の公権力の行使に関する不服の訴訟であることから、行政事件訴訟法の取消訴訟に関する規定(同法二章一節)を適用することが妥当であるとする見解があるが、私は、当事者系審決取消訴訟の根拠法規については、行政事件訴訟法の当事者訴訟に関する規定(同法三章)を準用するか、あるいは、立法論として、本件で問題とされている事柄に関する明文の規定を置くことも含めて、特許法上、特殊な当事者訴訟に関する規定を設けることが望ましいと考えている。しかし、解釈論としては、当事者訴訟の規定を準用する場合でも、本件の争点に関する問題は同様であるから(同法四一条一項)、ここでは、取消訴訟の規定と当事者系審決取消訴訟との関係一般の問題として検討することとする。

まず、当初の審決取消判決が確定したときに右判決が再度の審判における審判官の審決に及ぼす効力については、従来の実務では、右審決に当たる審判官に対し、行政事件訴訟法三三条一項の規定を適用し、審決を取り消す判決は、その事件について、審判官を拘束するとしている。私は、右条項の定める取消判決の拘束力は、取消判決の実効性を担保するために、右規定によって与えられた特殊の効力であり、当事者たる行政庁のみならずその他の関係行政庁に対して処分を違法とした判決の内容を尊重し、当該事件について判決の趣旨に従って行動すべきことを義務づけたものであると解する(同条二項参照)。ところが、当事者系審決取消訴訟においては、当事者たる行政庁は存在せず、審判官を右条項にいう関係行政庁と見ることもできないので、同法三三条の規定をそのまま適用することはできないと解すべきであるが、右取消訴訟が特許法上の特殊な取消訴訟として取り扱われていることを考慮して、当事者訴訟について行政事件訴訟法四一条により同法三三条一項を準用するのと同様の趣旨により、当事者系審決取消訴訟についても、同法三三条一項を準用することとし、実質上の当事者たる行政庁としての審判官は、前訴の判決の趣旨に従い審決をしなければならないものと解するのである。

ここまでは、従来の実務及び本判決の法廷意見のとる見解とほぼ同意見であるが、更に進んで、再度の審判の審決を不服として提起された再度の審決取消訴訟の審理判断において、当初の審決取消訴訟の判決の趣旨に従ってされた当該審決を、その限りにおいて適法であるとし、これを違法とすることができないということについては、法廷意見が述べるように当然の理であるとは考えない。前に述べたとおり、行政事件訴訟法三三条は、取消判決の実効性を担保するという政策的な見地から、当該処分に関係のある行政庁に対し判決の趣旨に従うべきことを規定したのにとどまり、当初の審決取消訴訟の判決が再度の審決取消訴訟の係属する裁判所の審理判断をも当然に拘束することを規定したものではないと解されるからである。

通常の取消訴訟では、再度の訴訟が提起されて本件のような問題の生ずることは例外といってよいと思われるが、特許無効審判という通常の行政庁の処分とは異なった態様の手続を前審手続とする審決取消訴訟の特殊性がある上、最高裁判所昭和五一年三月一〇日大法廷判決(民集三〇巻二号七九頁)の判旨から見ても、再度の審判において、当事者双方による新たな主張立証が行われ、事案によっては更に手続が反復されることにより、無効審判及び審決取消訴訟が際限なく続けられる可能性を否定することができない。このような性格を有する審決取消訴訟については、私は、右訴訟が当事者訴訟的性格を有することを重視する見地に立って、当事者訴訟について行政事件訴訟法三三条一項を準用する場合の後訴の裁判所に対する右規定の意義という観点から解釈を加える必要があると考える。すなわち、右規定の背後にある公益性への配慮あるいは迅速で実効性のある訴訟の遂行という法意にかんがみれば、当初の審決取消訴訟に続く累次の訴訟において、裁判所は、従前の各確定判決の理由中の認定判断から審決の根拠となるべき行為規範を見出し、それとの関係において、審決の適法性を審理し判断することが、行政事件訴訟の制度の趣旨にも合致した妥当な処理であると考えるのである。

右に述べたような見地から、私は、法廷意見三の3に示された理由により、本件審決の認定判断を適法と認めるのである。

(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎)

上告代理人鈴木正次、同横井幸喜の上告理由

一 原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

1 原判決は東京高裁昭和五四年(行ケ)八七号判決(以下、確定判決という)に違背する。

(一) 原判決の理由

(1) 本件発明の要旨は次の通りである。

内面が六角又は八角の正多角柱状のバレル複数個を、主軸を中心とする旋回軌道上の対称位置に等間隔で、バレル又はバレルケースの両端の縦軸を上記の主軸に平行に配置してバレルの各点が常に同方向を維持しながら、即ち空間に対して自転することなく、主軸を中心としてマスに有効な遠心力が働くような高速度で旋回するように駆動して、遠心効果をバレル内装入物に与え、同時にバレル内の空間と接するバレル内装入物の上層部のみを循環流動させ、この流動層を流動する遊離工作物と研磨材を常時不離の接触状態に保ちつつ、工作物の全量を均等不断にタンブリングなき摩擦を行って表面研磨をする高速旋回式バレル研磨法

(2) これに対し原判決は、本件発明の訂正明細書(原判決における〈書証番号略〉)の記載に基づき、構成、作用、効果を認定した上(原判決2の1丁表7行〜2の3丁裏1行)、本件発明の要旨を要件1、2、3に分説し(原判決2の3丁裏2行〜2の4丁表8行)、右のように要旨を分説することは、当該発明の構成要件の組立て方に適合すると説明した(原判決2の4丁裏6行〜2の5丁表5行)。

(3) 要件1、3について

① 前記分説に基づき要件1、3について、第二引用例(米国特許第二五六一〇三七号明細書、〈書証番号略〉)はバレルが正六角柱状又は正八角柱状でない点を除いて、本件発明と第二引用例記載のものが同一であることは当事者間に争がないとし、更にマスに有効な遠心力が働くような高速度で旋回するように駆動して遠心効果をバレル内装入物に与える装置を用いた高速旋回式バレル研磨法である点で本件発明と一致するものであるとした(原判決2の5丁表6行〜2の5丁裏10行)。

② 次に第二引用例の特許請求の範囲には、容器の形状を特定していないこと、およびバレルの形状を他の形状に改変し得ることをも示唆していると認定している(原判決2の5丁裏11行〜2の7丁裏6行)。

③ また第三引用例(米国特許第三〇一三三六五号明細書、〈書証番号略〉)には、「断面円形の円筒状ドラムを使用するのが望ましいが、各種の多角形断面のものを選ぶことができる」と記載されていると認定し、更に「ドラム15、15は断面円形として示されているが、各種の多角形断面もまた適当であり、ときにはその方が好ましいことがある」との記載を摘記している(原判決2の7丁裏7行〜2の8丁裏5行)。

④ また第一引用例(米国特許第一四九一六〇一号明細書、〈書証番号略〉)には実施例として正六角柱状のケーシングが開示されており、「これらのケーシングは円筒形又は多角形などの適当な断面形状であってよく、六角形が好適なものとして示されている」と認定している(原判決2の8丁裏6行〜2の9丁表7行)。更に従来、正六角柱状又は正八角柱状バレルは周知慣用であったというべきであると認定している(原判決2の9丁裏3行〜2の10丁表3行)。

⑤ 原判決は、前記各認定を経て、第二引用例記載の正四角柱状バレルを正六角柱状又は正八角柱状バレルに代えることは、格別の発明力を要しないで想到し得る程度にすぎないと判断している(原判決2の10丁表4行〜2の10丁裏2行)。更に正四角柱状バレルにおいては、流動研磨が不能であるという被告の主張に対し、「第二引用例のバレル内のマスの挙動及び研磨量、工作物の研磨後の表面粗さは、本件発明と対比して実質的に差異がないと認定し」(原判決2の10丁裏3行〜2の11丁表10行)、更に「本件訂正明細書の右記載を根拠に第二引用例記載のもののバレルを正六角柱状又は正八角柱状バレルに置換することの容易性を否定することはできない」としている(原判決2の11丁表11行〜2の11丁裏2行)。

⑥ 次に原判決は、審決の認定、判断において審究説示されていない事項であって、右認定、判断を否定する方向の事実を裏付ける証拠を提出した場合には、裁判所が右証拠による事実認定に基づいて第二次審決の認定、判断を違法とすることは許されるべきであり、取消判決の拘束力の法理はこれを妨げるものではないというべきであるとしている(原判決2の12丁表11行〜2の12丁裏6行)。

⑦ 更に第二引用例記載のものが工業的に使用できないので、日本国内のみならず外国においても使用されていないという被告の主張は立証されていないとすると共に、発明の構成の容易推考性は、引用例に記載された技術的思想そのものが発明の構成に対して基因ないし契機となり得るかという見地から判断されるべきことであって、出願後、工業的に実施されたか否かは直ちに右判断を左右しないとしている(原判決2の13丁表6行〜2の13丁裏4行)。

⑧ また第三引用例の旋回式バレル研磨においてドラムの形状として多角形断面のものを選ぶことができると記載している以上、当業者が第二引用例記載のもののバレルを正六角状又は正八角柱状バレルに代えるにつき第三引用例がこれを示唆するものと認定することは何等妨げないと認定している(原判決2の13丁裏5行〜2の14丁表1行)。

(4) 要件2について

① 要件2は、要件1、3の研磨法の構成を限定したものであるが、この挙動を行わせるための特別の構成を要件1に付加するものでなく、バレルの公転数を具体的に特定するものでもないと認定した(原判決2の14丁表2行〜2の14丁裏1行)。

② 本件発明は「バレル内の空間と接するバレル内装入物の上層部のみを循環流動させ」るものであるから第一引用例および第三引用例とも相違するものと認めた(原判決2の14裏2行〜2の15丁表7行)。

③ 第二引用例のマスの挙動は、本件発明と同一で実質的差異が認められないとし、更にマスの挙動はバレルの旋回速度、内面形状、大きさ、内壁摩擦係数、工作物及び研磨材の大きさ、形状、摩擦係数、比重、装入量などにより決るものと認定した上で、バレルの内面形状と旋回速度がマスの挙動に影響を与えることは確実であるが、これのみによってマスの挙動が定まるものではないと認定した(原判決2の15丁表8行〜2の16丁表4行)。

④ マスの挙動に関し、原判決は〈書証番号略〉の記載により正四角柱状、正六角柱状、正八角柱状バレルの比較では格別の差異は存しないと認定した(原判決2の15丁裏3行〜2の16丁裏10行)。

また原判決は、〈書証番号略〉には正四角柱状と正六角柱状及び正八角柱状バレルとの間のマスの挙動に関し、差異を認めるに足る証拠はないと認定した(原判決2の17丁表9行〜2の17丁裏4行)。

⑤ 次に原判決の〈書証番号略〉(長野県精密工業試験場長、巣山博美作成の試験成績書、〈書証番号略〉に照し、バレルの内面形状が円筒柱状、正四角柱状、正六角柱状、正八角柱状の何れによっても研磨量や工作物の研磨後の表面粗さに格別顕著な差異は存しないことが認められるとした(原判決2の17丁裏5行〜2の18丁裏11行)。更に〈書証番号略〉(千葉工業大学教授、遠山正俊作成の実験報告書、〈書証番号略〉)記載の成績は、〈書証番号略〉の成績とほぼ同一であると認定し、〈書証番号略〉(被告会社高木潔実験報告書、〈書証番号略〉)の実験結果は疑問があると認定した(原判決2の19丁表1行〜2の19丁裏6行)。

⑥ 前記各実験成績書の認定から、本件発明の第12図ないし第14図に記載した効果は、十分の技術的裏付を欠くものとし、これが誤りでないとすれば、明細書記載の条件に加えて、他の特別の条件を付加したことに基づくものとみざるを得ないと認定した(原判決2の19丁裏7行〜2の20丁表1行)。

⑦ 前記各証拠から、第二引用例記載のものの備えた正四角柱状バレルと本件発明における正八角柱状バレルとの間には、バレル内のマスの挙動には実質的差異はなく、また研磨量や研磨後の表面粗さにも格別顕著な差異がないとし、両者の作用および効果に差異が認められるとしても第二引用例記載のもののバレルの形状を正六角柱状又は正八角柱状バレルに置換することにより、当然達成し得る範囲を出るものではないと認定した。また本件発明の要件1、3の研磨法の構成の限定には、格別の技術的意義があるということはできないと認定した(原判決2の20丁表2行〜2の20丁裏9行)。

⑧ 前記の各認定に基づき、本件発明の要件1、3は第二引用例記載のものに、第一ないし第三引用例の記載ないし示唆に基づき、従来バレルを用いた研磨法において周知慣用であった正六角柱状又は正八角柱状バレルに代えることは格別に発明力を要しないで想到し得る程度のことであり、要件2による限定は第二引用例記載のもののバレル内のマスの挙動と本件発明のバレル内のマスの挙動に格別の差異がなく、研磨効果においても顕著な差異を生じない以上、格別の技術的意義がないから、結局、本件発明は当事者が第一ないし第三引用例記載のものに基づいて容易に想到し得たものというべきであると結論した(判決2の20丁裏10行〜2の21丁裏1行)。

(二) 確定判決の理由

(1) 第一引用例(ボールミル、確定判決〈書証番号略〉、実質的に米国特許第三〇一三三六五号明細書記載の発明、この米国特許は原判決にいう第三引用例差異と同じ)に示された試験は、実質的に旋回バレル研磨作業であるとは到底いうことができないと認定された(確定判決21丁裏4行〜22丁表11行)。

(2) 第二引用例(米国特許第二五六一〇三七号原判決第二引用例、〈書証番号略〉)は、本件発明に比べ作用効果が各段に劣るから、審決が第二引用例と本件発明とを同一方法と判断したのは誤っている(確定判決22丁裏8行〜24丁表9行)。

(3) 第三引用例(米国特許第三〇一三三六五号明細書、原判決第三引用例と同じ、〈書証番号略〉)に記載されている断面多角形の筒状バレルを用いて研磨を行う際、マスが本件発明のマスにおけるがごとく「上層部のみを循環流動させ」られるものであるかどうかについて証拠はない(確定判決24丁表10行〜25丁表4行を)。

(4) 前記(1)〜(3)の認定に基づき、審決の認定は各引用例の技術内容の認定を誤り、本件発明と各引用例の異同点の誤った認定に基づくものであって、違法であると結論づけている(確定判決25丁表5行〜20丁裏1行)。

(三) 原判決の理由と、確定判決の理由の比較

(1) 原判決の理由中、第一引用例、第二引用例および第三引用例に関するものは、前記(一)―(3)―①乃至(4)―③に記載した通りであり、確定判決の理由は、前記(二)―(1)乃至(4)に記載した通りである。

(2) よって右両判決を比較するに、両者は同一公知例に基づき相反する判断を示しているので、原判決は確定判決に違背すること明らかである。

① 確定判決では、第三引用例と同じボールミルについて「実質的に旋回バレル研磨作業であるとは到底いうことができない」としているのに対し、原判決では何等の証拠および理由を示すことなく、「第三引用例の旋回バレル研磨において」と前提条件にしている。即ち確定判決において、旋回バレル研磨でないとしたのである以上、これに相反する判断を下すことはできないはずであり、まして原判決のごとく何の証拠も挙示することなく旋回バレル研磨であると認定することは、二重の誤りを犯すものである。そして原判決は、この判断に基づきバレル置換に関する容易性の判断を行ったものであるから、確定判決違背の違法を犯したこと明らかである。

② 次に確定判決は、第二引用例について、「本件発明に比べ作用効果が格段に劣るから、審決が第二引用例と本件発明とを同一方法と判断したのは誤っている」と認定した。これに対し原判決は何等の証拠に基づくことなく、「第二引用例のマスの挙動は、本件発明と同一で実質的差異が認められない」と判断した。

右のようにマスの挙動について確定判決と相反する認定をしたことは、前記と同様に確定判決違背の違法を犯していることは明白であり、さらに証拠を挙示しなかったことにより二重の誤りとなっていることも同じである。

③ 確定判決では、第三引用例における記載中、「断面多角形」のバレルを用いてもマスの流動がさだかでないし、流動するか否か証拠がないとしているのに、原判決では右「多角形」なる文言をとらえて、恰も流動するが如き認定のもとに、置換容易性の一つとして上げており、この点においても確定判決に反する結論をしている。

2 原判決は判例に違背する。

審決取消訴訟においては、審判で提出されなかった証拠であって、判決に影響のあるような新たな証拠については採用しないことが判例とされている〈書証番号略〉。

然るに原判決においては、審判で提出されなかった実験報告書を唯一の証拠にして、右のような確定判決と相反する結論を出したのであるから、判例違背は明らかである。

尚、右実験報告書は研磨効果および表面仕上げについて、本件発明と第二引用例および第三引用例とは差異がないとするものであるが、右各引用例が流動研磨であることを立証するものでないことは勿論、マスの挙動については全く不明である。しかも本件発明が「タンブリング」なき流動研磨であるのに、第二引用例は「タンブリング」すること明らかで、理論的(対辺距離と対角距離の相違)にも実際的(タンブリングする故に日本国内および外国でも工業的に使用されていない、〈書証番号略〉)にも効果が否認されているにも拘らず、漫然効果があるとして、これを前提にマスの挙動が同一であると結論づけたもので、矛盾にみちたものという外はない。

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